夏の独白。

18歳の三月に家を出てから(一時半年だけ戻ったのを抜かせば)、

気がつけば十年以上が経っている。

特にだから何というわけではないけれど

きっと家族には淋しい思いをさせたんだろうなと、今更ながら思う。








でも十年前の僕は、あの家にいることがどうしても耐えられなくて、

家を出ることしかできなかった。

僕の伯母も同じことを感じて同じ行動をしていたことをあとから聞いて、少し笑ってしまったが。



自分のルーツであり、生きる為の核になるべき存在達が

皮膚の下でどろどろと怨み合っている感覚

吐け口の無い感情が熟れ過ぎて自ら形を崩して

崩れた時に初めて自分の眼に映る醜悪な愛すべき家族の人間味。


それを無理に飲み込んで自分の頭がイカれるのも

それを怒りと暴力に任せて自分の手でぶち壊すのも

どちらも嫌だと判断した僕の頭は現実から目を逸らすという決断をしました。




固まってしまった「家族」という形、

「親子」という形の中で、

みないつも笑顔をたたえながら、

父の駄目なところを切々と孫に聞かせ

「いつも笑顔で言うことをよく聞く行儀のいい子」でいさせようとする祖母や

酔いに任せて母への不満を子に聞かせる父や

婿養子の父と話しているところを一度も見たことが無い祖父

それらのすべてが、耐えようのないストレスで、

「せめて両親だけは仲良くして欲しい」という願いさえ叶いませんでした。


二世代同居の問題は今ならいろいろ思いつくし、それなりに自分で対処が出来るけれど

子供の頃の自分にはどうしようもないよね。



そのせいか、

自分の大切な人とはできるだけ思っていることを言い合いたいと僕は考えるようになった。

しかもできるだけ感情的にならずに。

それが異常だと言われたこともあったけど。

でも、思ってても言えないことがあるせいで、お互いに嫌な気持ちになったり

知らずに傷付けてしまっていたりすることを少しでも減らしたいと思う。


なかなかうまくいかないけれど。







家族はもっとたくさん話し合うべきだ。

これから家族になるのならなおさら。

家族として受け入れる側も

「話そう」として

「話してもらおう」とする

お互いにそう思って接しなければ

一番辛い思いをするのは「子供」なんだ。


そしてそういう虐待でもネグレクトでもない、もっと「言い表し難い」辛い経験をした子供達は

親達と同じように家庭をうまく築き上げることが出来なくなってしまったりする。







僕が感じた辛さに足して、今さら謝れなんて言わないけれど

自分の子供から三十年も四十年もそんな気持ちで見られていると考えたら、

それってとても怖くて、悲しいよね。



だから

他人は他人だけど、そうでもない

もっと話をしよう

友達とも

恋人とも

家族とも。


















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■8/8(日)志津サウンドストリーム
出演:almar soup/CHERRY BEAT/Natural/farewell frost fanfare
チケット:前売り¥1,500/当日¥2,000(D別)
OPEN:18:00〜


■9/19(日)志津サウンドストリーム
出演:almar soup/etc.
※詳細未定。

■10/9(土)田町QuarterNote
出演:松本葦立/etc.
※詳細未定。


お問合せ・チケットご予約はこちら・・・ayel_you@yahoo.co.jp
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by matsumoto_nayuta | 2010-08-04 19:37 | 少し深く考える

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